社員を1人雇うとき、月給だけを見て会社の負担額を判断することはできません。
たとえば月給30万円なら、給与だけで年間360万円です。賞与を年60万円支給すれば、給与・賞与は年間420万円になります。
しかし会社側には、このほかに健康保険、厚生年金、子ども・子育て支援金、子ども・子育て拠出金、雇用保険、労災保険などの負担があります。さらに初年度には、採用費、PCや備品、各種アカウント、教育などの費用が発生する場合もあります。
本記事の2026年度モデルでは、月給30万円・賞与60万円・40歳未満の社員について一定の条件を置いて試算すると、給与・賞与420万円に対する会社の直接的な年間負担は約486.1万円となります。
さらに、会社の限界利益率が50%なら、この約486.1万円の固定費増加を回収するために必要な追加売上は、単純計算で約972万円です。
この記事では、社員1人のコストを「給与の何倍」という一つの数字で終わらせず、会社が年間でいくら負担し、その固定費を回収するためにどれだけの売上が必要なのかまでつなげて考えます。
なお、そもそも何人雇う必要があるのか決まっていない場合は、先に人員計画を作る必要があります。中小企業の人員計画・要員計画の立て方では、業務上必要な人数と経営上雇える人数を分けて考える方法を整理しています。
社員1人を雇う会社負担は「給与」だけではない
社員1人を雇うことで増えるコストは、大きく3つに分けると考えやすくなります。
| 区分 | 主な費用 | 発生の考え方 |
|---|---|---|
| 継続的な人件費 | 給与、賞与、会社負担の社会保険・労働保険等 | 雇用を続ける限り継続しやすい |
| 採用・受入初期費用 | 求人広告、人材紹介、PC、備品、アカウント、初期研修等 | 初年度に大きくなりやすい |
| 間接的なコスト | 採用担当者の工数、教育担当者の時間、管理職のマネジメント時間等 | 会社・職種による差が大きい |
本記事では、まず比較しやすい給与・賞与と法定の会社負担を計算します。その後、初年度費用を別建てで加え、最後に必要売上へつなげます。
採用担当者や教育担当者の工数なども実際には無視できませんが、会社や職種による差が大きいため、基礎モデルの金額には含めません。必要に応じて自社の条件で追加してください。
【2026年度】会社が負担する主な保険料等
2026年度の説明用モデルで使う主な料率は、次のとおりです。
| 項目 | 2026年度の料率 | 今回使う会社負担率 |
|---|---|---|
| 健康保険 | 協会けんぽ全国平均9.90% | 4.95% |
| 厚生年金 | 18.30% | 9.15% |
| 子ども・子育て支援金 | 0.23% | 0.115% |
| 子ども・子育て拠出金 | 0.36% | 0.36% |
| 雇用保険 | 一般の事業13.5/1,000 | 8.5/1,000=0.85% |
| 労災保険 | 業種別 | 3/1,000=0.30%を例示 |
| 一般拠出金 | 0.02/1,000 | 0.02/1,000=0.002% |
この表の会社負担率を全国共通の実額として使うことはできません。健康保険料率は都道府県によって異なり、介護保険の有無は年齢で変わり、労災保険率は業種によって異なるためです。
健康保険|協会けんぽの2026年度全国平均は9.90%
協会けんぽは、2026年度の平均健康保険料率を9.90%として収支見込みを公表しています。
一次資料:全国健康保険協会「2026(令和8)年度政府予算案を踏まえた収支見込みについて(概要)」
ただし、実際の協会けんぽの健康保険料率は都道府県支部ごとに異なります。2026年度は、たとえば東京都9.85%、京都府9.89%、大阪府10.13%などです。
一次資料:全国健康保険協会「令和8年度の協会けんぽの保険料率」
協会けんぽの健康保険料は、原則として事業主と被保険者が折半して負担します。そのため、本記事の全国平均モデルでは会社負担を9.90%÷2=4.95%として試算します。
一次資料:全国健康保険協会「費用の負担」
介護保険|40~64歳は1.62%が加わる
2026年度の介護保険料率は全国一律1.62%です。40歳から64歳までの介護保険第2号被保険者は、健康保険料率等に介護保険料率が加わります。
一次資料:全国健康保険協会「令和8年度の協会けんぽの保険料率」
介護保険料も労使折半となるため、会社負担相当は0.81%です。本記事の基本モデルは40歳未満としているため、基礎計算には含めません。後ほど40~64歳の場合も比較します。
厚生年金|18.3%を労使折半
厚生年金保険料率は18.3%で固定されており、事業主と被保険者が半分ずつ負担します。したがって、一般的な会社負担率は9.15%です。
厚生年金保険料は、実際の給与額そのものではなく標準報酬月額、賞与については標準賞与額へ保険料率を掛けて計算します。
一次資料:日本年金機構「厚生年金保険の保険料」
子ども・子育て支援金|2026年度は0.23%
2026年4月分から、被用者保険に子ども・子育て支援金が加わっています。協会けんぽの2026年度の支援金率は0.23%です。
一次資料:全国健康保険協会「協会けんぽの子ども・子育て支援金率について」
2026年度は0.23%を労使折半するため、本記事では会社負担を0.115%として計算します。
子ども・子育て拠出金|0.36%を会社が全額負担
名前が似ていますが、子ども・子育て拠出金は、子ども・子育て支援金とは別の制度です。
2026年度の子ども・子育て拠出金率は0.36%です。被保険者負担はなく、事業主が負担します。
また、厚生年金保険の標準報酬月額と標準賞与額を基礎として計算します。
一次資料:日本年金機構「保険料額表(厚生年金保険と協会けんぽ管掌の健康保険)」
| 子ども・子育て支援金 | 子ども・子育て拠出金 | |
|---|---|---|
| 2026年度率 | 0.23% | 0.36% |
| 会社負担 | 原則半分 | 全額 |
| 本記事の会社負担率 | 0.115% | 0.36% |
雇用保険|一般の事業は会社負担8.5/1,000
2026年度の雇用保険料率は、一般の事業の場合、労働者負担5/1,000、事業主負担8.5/1,000、合計13.5/1,000です。
一次資料:厚生労働省「制度変更(令和8年4月)」
労災保険|全額会社負担、料率は業種別
労災保険料は全額事業主負担です。料率は業種ごとに異なるため、全国共通の一つの率で計算することはできません。
一次資料:厚生労働省「労働保険料の申告・納付」
2026年度の労災保険率は2025年度から変更されていません。本記事では説明例として、「その他の各種事業」の3/1,000を使います。
一般拠出金|0.02/1,000を会社が負担
石綿健康被害救済法に基づく一般拠出金は、労災保険適用事業主が対象で、料率は0.02/1,000です。全額事業主負担です。
一次資料:厚生労働省「石綿健康被害救済法に基づく一般拠出金の徴収制度について」
月給30万円・賞与60万円なら会社は年間いくら負担するか
ここからは、2026年度の料率を使った説明用モデルを計算します。
以下は実際の特定企業の保険料額ではありません。制度の仕組みと経営上の考え方を分かりやすくするために、条件を単純化した当サイト独自の試算です。
独自試算の扱いについては、数値・データの取り扱い方でも共通ルールを公開しています。
今回の計算条件
| 項目 | 仮定 |
|---|---|
| 年齢 | 40歳未満 |
| 月給 | 300,000円 |
| 標準報酬月額 | 300,000円と仮定 |
| 賞与 | 年間600,000円 |
| 標準賞与額 | 600,000円と仮定 |
| 健康保険 | 協会けんぽ全国平均9.90%を説明用に使用 |
| 介護保険 | 40歳未満のため計算対象外 |
| 雇用保険 | 一般の事業 |
| 労災保険 | 「その他の各種事業」3/1,000を例示 |
| 通勤手当・残業等 | 計算外 |
健康保険・厚生年金の保険料は標準報酬月額、賞与は標準賞与額を使って計算するため、「月給30万円なら必ずこの保険料になる」という意味ではありません。
一次資料:日本年金機構「厚生年金保険の保険料」
給与・賞与は年間420万円
月給30万円を12か月、賞与を年60万円とすると、年間の給与・賞与は次のとおりです。
300,000円 × 12か月 + 600,000円 = 4,200,000円
会社負担の保険料等は約66.1万円
| 項目 | 今回の会社負担率 | 年間会社負担 |
|---|---|---|
| 健康保険 | 4.95% | 207,900円 |
| 厚生年金 | 9.15% | 384,300円 |
| 子ども・子育て支援金 | 0.115% | 4,830円 |
| 子ども・子育て拠出金 | 0.36% | 15,120円 |
| 雇用保険 | 0.85% | 35,700円 |
| 労災保険 | 0.30% | 12,600円 |
| 一般拠出金 | 0.002% | 84円 |
| 合計 | 概算15.727%相当 | 660,534円 |
したがって、このモデルで会社が負担する保険料等は年間660,534円です。
なお、15.727%という数字は今回の条件を単純合計した説明上の数値です。会社所在地、年齢、業種、実際の標準報酬月額等が変われば負担率・負担額も変わります。
年間の直接コストは約486.1万円
給与・賞与420万円と、会社負担の保険料等660,534円を合計すると、
4,200,000円 + 660,534円 = 4,860,534円
となります。
つまり、今回の条件では、月給30万円・賞与60万円の社員1人に対する年間の直接コストは約486.1万円です。
年間コストを12か月で平均すると、約40.5万円/月です。ただし、これは賞与を含めた年間額を12分した金額であり、毎月40.5万円の保険料・給与がそのまま発生するという意味ではありません。
40~64歳なら介護保険分が加わる
40~64歳の介護保険第2号被保険者なら、本モデルでは会社負担0.81%相当を追加します。
4,200,000円 × 0.81% = 34,020円
したがって、今回と同じ給与・賞与条件なら、年間直接コストは約489.5万円になります。
| 年齢モデル | 年間直接コスト |
|---|---|
| 40歳未満 | 約486.1万円 |
| 40~64歳 | 約489.5万円 |
社員のコストは「給与の何倍」で考えてよいのか
今回のモデルでは、給与・賞与420万円に対して年間直接コストが約486.1万円なので、
4,860,534円 ÷ 4,200,000円 ≒ 1.157倍
です。
そのため、この条件に限れば「給与・賞与総額の約1.16倍」という見方はできます。
しかし、社員を雇うコストは給与の1.16倍と全国共通で決めることはできません。
- 協会けんぽの健康保険料率は都道府県で違う
- 40~64歳は介護保険料が加わる
- 労災保険率は業種で違う
- 賞与額によって負担額が変わる
- 実際の健康保険・厚生年金は標準報酬月額・標準賞与額で計算する
- 通勤手当や残業等の条件も実際の報酬・賃金総額に影響する
「給与の○倍」は初期の概算には便利ですが、採用可否や予算を決めるときは、自社の条件へ置き換える方が安全です。
初年度は採用・受入費用も加える
ここまで計算した約486.1万円は、主に継続的に発生する直接コストです。
採用初年度には、さらに次のような費用が発生することがあります。
- 求人広告費
- 人材紹介手数料
- 採用管理システム等の採用関連費用
- PC・スマートフォン・机・備品
- 業務システムやSaaSの追加アカウント
- 制服・安全用品等
- 初期研修・外部研修
これらは職種や採用手法による差が大きいため、本記事では「一般的に100万円かかる」などの市場平均を置きません。
基本式は、次のように考えます。
初年度総コスト = 年間継続コスト + 採用・受入初期費用
たとえば説明用に、採用・受入初期費用を100万円と仮定すると、
4,860,534円 + 1,000,000円 = 5,860,534円
となります。
この100万円は相場や適正値ではなく、後の必要売上計算を説明するための仮定です。
社員1人を雇うために必要な売上はいくらか
社員1人の年間コストが約486万円だからといって、売上を486万円増やせばよいとは限りません。
売上が増えれば、仕入、材料費、販売手数料など、売上に応じて増える変動費も発生するからです。
そのため、増員によって追加された固定費を回収するための売上を考える際は、限界利益率を使うと整理しやすくなります。
固定費÷限界利益率で追加必要売上を考える
J-Net21では、損益分岐点売上高を次の式で示しています。
損益分岐点売上高 = 固定費 ÷ 限界利益率
また、目標利益まで確保する場合は、次のように整理されています。
必要売上高 =(固定費 + 目標利益)÷ 限界利益率
一次資料:中小企業基盤整備機構 J-Net21「損益分岐点を使った目標売上高」
この考え方を増員へ当てはめると、社員1人を増やすことで増えた年間固定費を、その会社の限界利益率で割れば、追加固定費を回収するために必要な売上の目安を考えられます。
増員による追加必要売上 = 増員で増える固定費 ÷ 限界利益率
限界利益率30%・50%・70%で必要売上はここまで違う
年間直接コスト4,860,534円を固定費の増加とみなし、その固定費を回収するための追加売上を試算します。
| 限界利益率 | 計算 | 必要な追加売上 |
|---|---|---|
| 30% | 4,860,534円 ÷ 0.30 | 約1,620万円 |
| 50% | 4,860,534円 ÷ 0.50 | 約972万円 |
| 70% | 4,860,534円 ÷ 0.70 | 約694万円 |
同じ社員を同じ給与条件で雇っても、会社の利益構造によって必要売上は大きく変わります。
たとえば限界利益率30%の会社では約1,620万円必要ですが、70%なら約694万円です。
したがって、「月給30万円の社員を雇うには売上○万円必要」と会社横断で一つの数字を出すことはできません。
初年度費用や目標利益まで含めるなら必要売上はさらに増える
先ほど、採用・受入初期費用を100万円と仮定した場合の初年度総コストは5,860,534円でした。
限界利益率50%なら、この初年度コストを回収するための追加売上は、
5,860,534円 ÷ 0.50 = 11,721,068円
となり、約1,172万円です。
さらに、「人を1人増やしたうえで利益も100万円増やしたい」と考えるなら、
(5,860,534円 + 1,000,000円)÷ 0.50 = 13,721,068円
となり、必要追加売上は約1,372万円です。
このように、採用判断では「給与を払えるか」だけでなく、増えた固定費を回収し、必要な利益まで残せる事業構造になっているかを見る必要があります。
粗利率と限界利益率は同じとは限らない
社員1人を雇うための必要売上を説明する記事では、「年間人件費÷粗利率」という簡易計算が使われることがあります。
直感的には分かりやすい方法ですが、粗利率と限界利益率は必ずしも同じではありません。
粗利は一般に、売上高から売上原価を差し引いて考えます。一方、損益分岐点分析で使う限界利益は、売上高から売上に応じて増減する変動費を差し引いて考えます。
J-Net21も、限界利益を売上高から変動費を控除した考え方として扱い、固定費÷限界利益率から損益分岐点売上高を算定しています。
一次資料:中小企業基盤整備機構 J-Net21「損益分岐点を使った目標売上高」
売上原価と変動費がほぼ一致する会社では粗利率を簡易的に使いやすい場合もありますが、両者が大きく異なる会社では必要売上の計算結果も変わります。
重要な採用判断では、できれば自社の費用を固定費と変動費に分け、限界利益率を確認してください。
社員1人を雇う前に確認したい5つの数字
増員を経営判断として検討するなら、少なくとも次の5つを同じ表に置くと判断しやすくなります。
| 確認する数字 | 何を見るか |
|---|---|
| 1.年間給与・賞与 | 会社が約束する年間の基本的な報酬 |
| 2.会社負担保険料等 | 健康保険、厚生年金、雇用保険、労災等 |
| 3.採用・受入初期費用 | 採用、設備、アカウント、教育等 |
| 4.自社の限界利益率 | 売上が増えたとき固定費の回収に使える割合 |
| 5.必要追加売上 | 増えた固定費や目標利益を賄うために必要な売上 |
この5つを並べると、「月給30万円なら払えそう」という給与中心の判断から、会社としてこの増員を継続できるかという経営判断へ変えやすくなります。
また、1人あたり年間コストが分かれば、人員計画で計算した「経営上雇える人数」の入力値として使えます。
会社ごとに実額が変わるため、最終的には自社条件へ置き換える
今回の約486.1万円という数字は、2026年度制度をもとにした説明用モデルです。
実際には、少なくとも次の条件を自社へ置き換える必要があります。
- 健康保険の加入先と都道府県別料率
- 社員の年齢と介護保険の対象可否
- 実際の標準報酬月額
- 標準賞与額
- 雇用保険の事業区分
- 労災保険の業種区分
- 通勤手当・残業・各種手当
- 採用費
- 設備・IT・教育費
- 自社の限界利益率
また、社会保険料や労働保険料の実際の納付額には、標準報酬、端数処理、対象となる賃金の範囲なども関係します。
本記事は人員・採用判断のための経営上の概算モデルであり、個別企業の社会保険料・労働保険料の確定計算を代替するものではありません。実際の手続・納付額は、日本年金機構、協会けんぽ、厚生労働省・労働局等の最新情報をご確認ください。
まとめ|月給ではなく「年間固定費」と「必要売上」で判断する
社員1人を雇うときに見るべき数字は、月給だけではありません。
- 給与・賞与はいくらか
- 会社負担の社会保険・労働保険等はいくらか
- 初年度の採用・受入費用はいくらか
- 年間でどれだけ固定費が増えるか
- その固定費を回収するために売上がいくら必要か
今回の2026年度モデルでは、月給30万円、賞与60万円、40歳未満などの条件を置いた場合、給与・賞与420万円に対する年間直接コストは約486.1万円でした。
さらに限界利益率50%なら、この固定費増加を回収するだけでも約972万円の追加売上が必要です。
人を雇えるかどうかは、「給与を払えるか」ではなく、増えた年間固定費を事業の利益構造で継続して負担できるかまで見て判断する。
これが、人件費を人事だけではなく経営数値から考えるときの基本です。
次に読む:人を雇った後は、採用人数だけでなく、定着・人件費・生産性まで数字で確認します。